4月28日(木)
ツアー最終日。福岡 BACKSTAGE。ステージの3分の2をグランドピアノが占めている。いい音だった。マスターはきっとこだわりがある人なのだろう、頑固であるはずなのに、ものすごく低姿勢で謙虚な方だった。ああいう人になりたいと思う。
リハーサルで、スタッフらしき人の中にひっきりなしに鼻をすする人がいた。けれど、もう気にしないことにした。キナコちゃんの明るい元気な顔を思い浮かべた。1部が終わった時、マネージャーが「鼻をすする音聞こえますか」と訊く。「もちろん」と言ったが、「でも、このままでいいよ」と答えた。「いや、注意できたらします」という返事。すると2部から、音がしなくなった。どうしたんだろう、帰っちゃったのかな、気を悪くしたかなと思った。
何日も前から、冷たいものを飲みすぎたせいか、お腹が冷える。ホカロンをつけたまま歌ったので、異様に汗をかいた。終了後、屋台「小金ちゃん」で打ち上げ。博多には何度か来たことがあるのに僕は屋台初めて。いい風が吹き、気持ちよかった。アンケートに目を通しながら、芋焼酎お湯割を飲み、どてやき、ニラ玉、焼きラーメン、もやし炒めを食べた。「禁煙にしていただき助かりました」というのが2通あった。
「鼻すする人どうしたの」と訊いたら、やはり、スタッフに近い人らしく「お前、もっと小さい音にしろって言ったんだよ」とイベンターの山内さんが言う。花粉症でもう癖になってしまい、そのひんぱんさと音量がわからなくなってしまっているのだろう。鼻をすする人は、本屋、図書館、電車の中に必ずいる。セキをする人はマスクをせず、マスクをしている人はセキをしない。不思議である。
25歳の頃、僕は突然、蓄膿症になり4回手術を受け1ヶ月入院したことがある。ちょうど本屋を開業する時だ。それまで洟垂れ小僧でもなければ、鼻紙を常に持ち歩きしょっちゅう洟をかむような習慣などまったくなかったのに。海水浴で耳に水が入って調子が悪いなと思っていたあたりから、急に鼻がつまりだし息苦しくなってしまった。父も蓄膿症だったから遺伝なのかも知れない。
手術は怖かった。局所麻酔である。脳天を突き破ってしまうのではないかと思うくらいの長い金属の棒が入ってくる。上唇をめくられ、切られる。のどに血がたまる。苦しい。骨を削る音、たたく音。その最中に、医者が看護婦さんに旅行の話なんかをしている。それから20年経ち、今度は頬が腫れてしまった。再び歌い始めた時である。術後性上顎洞嚢胞といって蓄膿症の手術をした人の何百人に一人かの割合でなってしまう病気らしい。その時は全身麻酔だったから怖くはなかったが、もうこりごりである。その後は定期的に漢方薬を飲み続けている。しかし、疲れや風邪をひいたりお酒を飲みすぎると歯が痛み出し上顎洞が炎症を起こす。そんな病気を僕は持っているので、鼻をひんぱんにすする音を聞くと、まるで自分のことのようで気持ちが悪くなってしまうのである。
何に対しても本当は優しく大きな気持ちでありたい。「♪もっと強く生まれたかった 仕方がないねこれが僕だもの」(この世で一番キレイなもの)を歌うたびに自分の弱さともろさをかみしめている。4月27日(水)
ツアー6日目。疲労。小倉の病院で点滴を打ってもらう。看護婦さんから「水分を補給した方がいいわよ。それも水ではなくて、スポーツ飲料がいい」と教えられた。「あれ、ビールは?」「ビールはよけいに乾燥しちゃう」。そうだったのか。リハーサルも早めに切り上げ、出番までホテルで休む。よって僕の前に歌ったキナコちゃんの歌は聴けなかった。残念。
小倉フォークビレッジのママさんの話では、僕のためにアップライトピアノを入れたと言う。頑張らなくちゃ。しかし、ここでも、1曲目から話し声が気になった。2曲目に入る前に「なんか話し声が聞こえるな」と怒り調子で言ってしまった。その後もカーテンの開け閉めのような音、おしぼりを包んでいるビニールのくしゃくしゃという音(?)、小銭がチャラチャラする音が聞こえてくる。(そういえば、山口では腰に付けているのだろうか鎖のジャラジャラする音が聞こえたきたなー)。せっかく、僕を呼んでくれるライブハウスの方がいて、お客さんが聴きに来てくれているというのに。僕は歌いながら(もちろん集中して歌っているのだが)雑音が頭をかすめる。
ある番組で岩田由記夫氏が佐久間正英氏に「早川さんという人はどういう方なんですか。ここに早川さんがいないと思って、一言で言うと」の問いに、佐久間さんは即座に「神経質でわがまま」と答えた。たしかに僕はおかしい。病気だ。人前で歌うのはやはり向いてないのかも知れない。かといって誰もいないスタジオというのも空気感がなくて。それとも、もっともっとライブをやればなれて来るのだろうか。力が抜けたまま打ち上げ。乾杯したあともしばらくは黙ったままである。
しかし、キナコちゃんが僕を元気づけてくれた。初めて僕の歌を聴いたのだろう。「♪生きて行くのが恥ずかしくなるほど、あれ、ショックだったー」とか、「♪老人のようないやらしさで、ってどういうんだろう」と、屈託のない明るい声がみんなを笑わせ、僕に勇気をくれた。「この衝撃を忘れないように、早く家に帰って、歌をつくりたい」と言ってくれた。嬉しかった。なんのことはない。さっきまでの落ち込みがすっかり消えてしまった。4月26日(火)
山口 Cafe de DADA。昼過ぎ、ホテルで休んでいたら中川五郎さんから電話。「今日、山口でしょ」「うん」「僕の知り合いの○○さんという女の子がね、今日、早川さんの歌聴きに行くって、訪ねに行くからさ。自由にしていいからね。うふふ」「えー、俺、女にうるさいよー」「あーじゃ駄目かな」「でもあれだよね。会った途端にさ、ポケットに手をつっこんでくれるような女の子だったらいいのにね」「あーそれいいね。じゃー、彼女に伝えておくわ」「うん、それが合図ね」。まったく、五郎ちゃんは冗談なのか、本当なのか、からかっているのか、さっぱりわからない。
「いつでもやり逃げしてかまわないから」という女の子と昔つきあったことがある。好きだった。4月24日(日)
大阪 B-ROXY。天井が高く広々としたいい雰囲気の店である。音も良かった。ただ一点、演奏中、後半だったろうか、カウンターに座っていた男性二人の話し声が気になった。僕の力不足といえばそこまでなのだが。もちろん気を遣っているらしく、かすかな声なのだが、歌っている僕の耳にはずうっと聞こえて来るのである。内容まではわからないがライブとは全然関係ない話だ。雑音と言うのは音量ではなく、耳障りか耳障りでないかである。
終わってからマネージャーに「ああいうの、注意できないの」と言ったら、「うーん、……むずかしいですね」とのこと。お金を払っているお客さんだし、他の人なら気にしない程度だから、仕方ない。仮に僕がステージで注意をしたら、かえって嫌なムードになってしまうから、耐えた。
ライブハウスはホールと違い、飲み物を飲みながら歌を聴く、そういうシステムだから、何かしら音がして当たり前だ。調理場での作業の音、コップの音、仕方のないセキ、時には店にかかってくる電話……、その場に合った自然な音ならば、僕だって気にはならない。氷がコロッと溶ける音なんて悪くない。ただし、ライターのパチンと閉じる音は嫌なんだよね。拍手は好きだ。まるで拍手を否定するかのように曲間をつなげて歌うけれど、歌と重なったっていい。掛け声だって、めったにかけてもらえないけれど、僕は大好きなのだ。ただ、出す必要性のない音、出さなくても済むことのできる音、意味のない音は、音楽じゃないと思うのである。
なにせ友人に「神経質でわがまま」と指摘されたくらいだから、自分が異常なのは分かっている。たとえば電車に乗ってもうるさいと席を移動してしまうし、連結部分のドアをバタン!と閉める人がいるとバカじゃないのと思うし、ホテルの冷蔵庫はもちろんスイッチを切る、時計のカチカチ音、商店の外に向けたBGM、停車中の車のエンジン、まあ、音と臭いに関しては、僕の方に問題があることは自分でも分かっている。居場所がない。
しかしその日、僕は21通のアンケートに救われた。「本日のライブをどこで知りましたか?」の質問に「HPを見て」が18通もあったのが嬉しかった。僕のHPをリンクして紹介してくれている方に感謝したい。思いつくまま列記すると、僕のスケジュールを昔から独自で調べて伝えてくれている芝門さんの「歌とロックとフォーク」。佐久間正英さん。鈴木亜紀さんのコラム「小部屋の灯」。北冬書房「万力のある家」。そして、この日聴きに来てくれた「マカロニ惑星」さんなどだ。
気に入ったアンケートだけを紹介するのはずるいが、こんな言葉をもらった。「ゆっくり一枚一枚服をぬがされるような時間が心地よかったです」「人前で涙を流すのははずかしいので、足が涙でびっしょりになりました」「早川さんといけない場所でいけないコトをしたいです」。みんな、うまいなあ。4月23日(土)
京都クラブメトロ。京都はイベントという形でryotaroさんが協力してくれた。終了後、DVDを求めていただいた方にサイン。一番最後のお客さん(長身の好青年)が「ちょっとお話させてもらっていいですか」と訊く。「ええ、いいですよ」。「さっき、ここを通った女の子と付き合っていたんですけど、つい最近別れてしまったんです。今日のライブも彼女から知らされていて、一人で来たら、彼女もいて」「えっ、あの可愛い子? なんか男の子といたみたい」「えー、友達だと思うんですけど」「くやしいね。取り返せばいいのに」「♪自転車に乗って、っていうのがあるでしょ」「えっ、高田渡? あっ、純愛?」「あれ聴くと幸せになれたんです」「あー、ありがとうございます」と言うと、僕の右手を両手で包み、「ホンマに大好きです」と言って、深々と頭を下げた。思わず涙がこぼれそうになった。がんばれ!
「エルラティーノ」というメキシコ料理店で打ち上げ。ツアー中の松田幸一さんと対面。もちろんお名前は知っているがたぶん初対面である。話によると、同じ音楽事務所(音楽舎)にいたという。中川イサトさんと「愚」というバンドを始めたのが最初で……、あれ?「愚」は知ってるなー。あーでももうそのころ僕は事務所をやめてたのかな? 渡ちゃんとの笑っちゃうような苦労話をしんみりと話してくれた。4月22日(金)
名古屋パラダイスカフェ21にて細江祐司さんとライブ。アンコールで「いい娘だね」を一緒に歌った。「いい人がいい音を出す」と言いたくなるバンドだった。
サイン会(といってもそんなたいそうなものではない)の時、女性の方から名古屋のヴィレッジ ヴァンガードという本屋さん(店舗名は失念した)で、僕の本が2種類平積みされている写真を見せてもらった。彼女が写してきてくれたのだ。『たましいの場所』には、店長の手書きの推薦文が付いている。出版して3年も経っているのに、そして、5000部も達していない本を今もこうして平積みしてくれているなんて、感動ものである。「21世紀に入ってから出版されたエッセイの中で一番のデキです。よっぱらうと、好きな人に電話口で朗読してしまいます。涙!涙!」と書かれてあった。ありがとう。4月21日(木)
タイトルやデザインはもちろんだが、帯の文句や見出しによって惹かれる本がある。書評にしても、説明するより引用だけで充分なのではないかと思ったりする。引用する場所によって、ちゃんと引用者の顔が浮かび上がって来ると思うからだ。いかに短い言葉の中に、多く、深く語れるか。
「<今号の名言>集 」というサイトを開いたら、僕の言葉もあった。
この間、可愛い女の子(たぶん)から手紙をいただいた。「性格のいい女の人だけがいいおまんこを持っている」(『たましいの場所』)という言葉が引用されてあったのでドキッとした。
明日からツアー。名古屋、京都、大阪、山口、小倉、福岡。1週間で6箇所。中川五郎さんから連絡が入った。4月28日(木)に「高田渡さんを送る追悼コンサート」が小金井市公会堂であるとのこと。その日僕は福岡なので行かれず。ツアー中、渡ちゃんとの共作「君の亭主」を歌おう。4月18日(月)
高田渡さんの告別ミサに出席した。大勢の方が集まった。いいお葬式だった。いろんなことが思い出される。昨日、中川五郎さんからメールをもらった。「渡ちゃんはギリシアの哲学者のような顔をして眠っています」と書かれてあった。涙が止まらなくなってしまった。朝日新聞4月18日付夕刊に追悼文を書かせてもらった。4月16日(土)
高田渡さんが亡くなられた。ご冥福をお祈りします。4月15日(金)
吉祥寺スター・パインズ・カフェでカルメン・マキさんとライブ。マキさんのサポートメンバーはギター桜井芳樹さん、ベース松永孝義さん、バイオリン太田恵資さん。僕は一人。ベースの松永さんとは10年ぐらい前だろうか一度、バイオリン向島ゆり子さん、アコーディオン近藤達郎さん、ドラム久下恵生さんらとご一緒させてもらったことがある。以来ずうっと気になっている人たちだ。激しかった。聴いた人からすごく良かったと言われたことを憶えている。演奏というのは、合わせるのではなく、それぞれが歌うと、スリリングになるのかも知れない。
マキさんとは、2年ぐらい前、偶然、同じ日に札幌で別々のツアーがあって、マキさんの方の打ち上げに僕とHONZIが合流することになった。でも、その数ヶ月前に渋谷青い部屋の楽屋で会った時、僕が握手をしようとしたら、なんか一瞬ためらったような感じがし、あー嫌われてるんだと、被害妄想の僕は合流するのがちょっと心配だった。そしたら、なんのことはない、あらーっと歓迎してくれ、わー嫌われてなかったんだと単純に嬉しくなり、ビール、お酒をご馳走になった。いつか一緒にやろうねと、その時、話したかどうかは忘れたが、帰ってから僕はCDと本を送り、マキさんからも本とCDが届いた。そんなわけで、やっとマキさんとのライブが実現した。一緒に写真を撮りたいと出かける前から僕は思っていたが、恥ずかしくて切り出せない。帰りがけあわてて、マキさんの事務所の社長に撮っていただいた。
マキさんは「かもめ」が良かった。時折見せる笑顔が可愛かった。4月10日(日)
南こうせつさんの「週末はログハウスで」というFM番組の収録。こうせつさんの話が面白かった。たとえば、ご飯にしようかパンにしようかといつも迷ってしまうと言う。僕も迷う。文章を書く時も「けれど」にしようか「しかし」にしようかで迷う。「である」にしようか「なのだ」にしようかで1日迷ってしまう。もう病気である。
収録が終ってから、新宿のカメラ屋さんへ。レンズを買おうか買うまいか迷う。迷い過ぎてインクとハガキだけにする。次は伊勢丹のコム・デ・ギャルソンへ。洗いざらしの白のYシャツ、真ん中にピンクの線が入っているのが気に入ったのだが、着丈が少し長く感じたので保留。買うべきだったか。後悔。タワーレコード新宿店へ。初めてのインストアイベント。お客さんがいた。嬉しい。一曲目に『風月堂』を歌った。4月4日(月)
昔インターネットで早川義夫というのを検索していたら、あれは何ていうのだろうか(チャットというのだろうか、違っていたらごめんなさい)僕のことについてあれこれ、あいつはああだよこうだよと会話形式で匿名で喋りあっているのを読んでしまったら、気持ちが悪くなってしまい、それ以来もう開かないことにしている。しかし人間というのは弱いもので、どう思われているのか実は気になって、たまにはほんの少し褒められたくて、「Yahoo!ブログ検索 早川義夫」などをこっそり見る時がある。しくみは知らないが、誰かが書いた日記の中に早川義夫という文字が一箇所でも出てくれば、そこに載るようになっているらしい。もちろん、いいことばかりが書かれているわけではない。形に表れたものだけが真実ではないが、あーいいなと思うことがある。わかっている人はわかっているのだ。4月1日(金)
リュックサックを買った。ショルダーバッグより楽だからだ。でも、似合わなーい。吉田カバンなのに完全なおじいさんかオタクになってしまう。中川五郎さんも佐久間正英さんも事務所の浜崎氏もリュックなのにおかしくない。どうしてだろう。