山下奉文大将終焉之地を訪ねて     
本文へジャンプ 平成17年7月14日 
 去る平成17年5月にモンテンルパを訪問した後、この地ロスバニョスへ向かいました。モンテンルパを出たのは16時頃。1時間程度で行けると聞き、何とか日没前には大丈夫だろうと考えました。この辺は治安が悪いらしいので無理は禁物です。
 ロスバニョスという地名だけで何の情報もなく、安易に行けば分かるだろうと考えていたのが甘かったようです。道端の土人に道を尋ねること数回、聞けば聞くほど目的地までの距離が遠くなるのです。この先6キロほど、次はこの先12キロ・・・
最後に尋ねたころには、とうとう日没となりました。なかなか来れる場所ではないのでと落胆しマニラへ戻ったのでした。
 日本へ帰って日記を整理していると、ますますロスバニョスへ行きたい気持ちは募るばかりでした。
 平成17年7月、再度訪比、ついに慰霊を達しのであります。
 ここの地名は、バランガイ・ティムガン(BARANGAY TIMUGAN) ロスバニョス。これだけの情報でも全く違う。
 マニラからサウススーパーハイウェイに乗り、終点カランバ(CALAMBA)で下ります。ロスバニョス方面へ向かって10分程度走ると、チョウキン(中華ファーストフード)が右手にある大きな信号を右折。右折するとセブンイレブンが右手にあります。道なりに走り、線路(踏み切りなし)を2回渡ってさらに走ると、SUPAという看板が道端に見えてきます。ロスバニョスはスペイン語で温泉という意味だそうです。右手にトライシクル(三輪バイク)の乗り場(黄色い看板あり)が見えてきます。ここを山(マキリン山)側へ右折します。左手に「DOST」というフィリピン国旗を掲げた青い建物があります。DOSTとは、Department Of Science and Technology の略です。この向かいの細い路地を入ると目的地です。この細い路地は行き止まりで、新しいコンクリートの道路です。

 ここの周辺は最近、中国系企業が土地を買い占めているということを耳にしました。メモリアルパークを作るためだとか・・・
 意味が良く分からず事実かどうかも不明ですが、もし事実としたならばとんでもないことです。
 




スカパーのチャンネル桜(http://www.ch-sakura.jp/)によって山下閣下の慰霊碑を修復されました。
チャンネル桜さんのご尽力に敬意を表します。
「GENERAL YAMASHITA MEMORIAL MONUMENT」という鳥居のゲートです。ここは常時施錠管理されています。
管理人へ依頼して中へ入れていただきました。
以前は、写真の左側の土手上からアクセスしていたようですが、現在は、こちらから入ります。




 鳥居のゲートをくぐると正面に慰霊堂があります。慰霊堂の右に国旗掲揚ポールが2本、左手には瀬島龍三氏(元陸軍参謀)の「日本国陸軍大将 山下奉文比処に眠る」の碑文があります。
 山下閣下は、マニラ裁判で不本意ながら絞首刑の判決を受け、この地で刑が執行されました。詳しくは「マニラ裁判」をご覧下さい。
 閣下のご遺体は何処に埋葬されたか未だに分かっていません。
 フィリピンでは、山下財宝として山下閣下は非常に有名です。この周辺でも未だに山下財宝を目当てに来る人がいるようです。




 慰霊堂の中の慰霊碑です。「将軍山下奉文終焉之地」とあります。
 慰霊碑の右側に辞世の歌が記されています。
「まてしばし勲のこしてゆきし友 あとなしたいて我もゆきなむ」
1946年2月23日ここに眠る62才

 前回のモンテンルパ慰霊の際、線香を忘れ管理人に頂いたお恥ずかしい経験から今回は大量に持って参りました。(合掌)




 以前慰霊碑があった場所は、慰霊堂の裏手です。ここに絞首刑が執行されたマンゴの木があった場所です。マンゴの木は台風により倒木して現在はありません。柵の外側に以前慰霊のために使われていた石段が残っていました。




 慰霊堂の裏にあるトイレ。ここも施錠されています。管理人にお願いして使用させていただきました(笑)。
 フィリピンのトイレは使用された方でしたらお分かりでしょうが、中へ入ると施錠されている理由が分かりました。
 水洗でとても綺麗です。右が男子用で、当然男子用に入りましたが、便座もあります。
2009年(平成21年)7月 4年ぶりにこの地を訪ねました。
雨季のこの時期には突然の雨が降る。ちょうど台風の接近であいにくの天気でした。
帰国後、この周辺では台風の大きな被害が報道され、親切にしてくださった方々にお見舞い申し上げます。