1)平成24年度の最初の月の4月がやって参りましたが、施設としての行事はありません(まだ東北の春は寒いので出かけられません)。
3月で、金子考査役、近藤美紀子看護師が定年退職、佐藤綾看護師が勉強のための旅立ち、土田慎一郎社会福祉士が家庭の事情で郷里へ
と、4名もの退職者がありました。転勤での入れ替えは世の常なので、それほど感じませんが、新入者のない新年度は寂しい限りです。
但し、嬉しいことがありました。働きながらの介護福祉士受験制度の最後の年度で、当施設からは4名もの国家試験合格者が出ました
(一番古い人は11年前から働いていました)。まさに快挙なので、近日中に合格お祝い夕食会を予定しております。
先月、下記で述べた心配が明らかになった一件がありました。一部の記者の理解不足か能力不足かはたまた曲解かわかりませんが、大震災
当時の菅首相が原発事故時に細かなことまで口をはさんだ姿を「それを見ていた関係者はぞっとした。一国の首相がすることではない」という記事
が一斉に全国に配信され、菅首相のダメ振りを表す話しとして喧伝された事件のことです。
これが、実は「ぞっとした」は、危機時にお地蔵様化して何も首相に進言できない原発行政のトップ達(原子力委員長や東電関係者、保安院関係者)
の姿を見てだったことが、その「ぞっとした」発言をした関係当事者の言葉で、1年近くも経ってようやく明らかになりました。
主語が「菅首相を見て」ではなく、これらの「肩書きだけトップの原子力関係助言者を見て」だったことが、事実だったのです。
なんと、天地の逆転するような話しではないですか。
残念なのは、せっかく、ここまで背景がわかったのなら、誰がこの菅首相に対する悪意ある記事をでっち上げて配信したかの検証がその後に行われた
節がみえないことです。
結局、一人の記者の「思い込み」で情報が垂れ流されていく、この情報社会の危険性へのブレーキ力が、当事者のマスコミにはないということでしょう。
医療介護界でも問題のある人は少なくありませんが、それが良い方法どうかは別として、国家試験というフィルターにかけられますので、少なくとも問題
を起こす人の参入はしにくい構造です。
しかし、ちまたのたくさんの報道関係者は何のフィルターがかかった人たちなんでしょう。
2)3月の施設行事はありませんが、七段ひな飾りは先月より考査役金子の好意で1階に飾られています。しかし、毎年、お人形さんの
座る位置が違うと思うのは私だけなんでしょうか?
もうすぐあの大震災より1年です。
ようやく、あの大津波で亡くなられた人への鎮魂の思いが、新聞TVでも落ち着いて報じられるようになりましたが、まだ一部では
放射能よこすな騒ぎ(那覇での青森の雪受け取り反対、各地の震災がれき搬入阻止)が収まりません。
震災で命を奪われた人達やその遺族の悲しみが癒えない時期なのに、どうしてああ無頓着に、起きてもいない健康被害を声高に言い募れるのか
が理解ができません。
只、その一部の人達が、昔の学生運動の頃のあのヘルメット手ぬぐい組に似ているとは思いました。曰く、必ず、論点を明確にしないで、それを話す
人間の人格をおとしめるような罵声だけを連呼していた姿です。
つまり、今回の放射線健康被害の話しでいうと、それほどの健康被害が出る放射線量ではないという人へのレッテル張りはいつも「御用学者」で
放射線量が危険水準だという人には根拠無しの「信頼できる人」というワンパターン決めつけをする姿です。
つまりは科学的論点なんか考えようともせず、かつ自分の見解の根拠も言わずに声高に言い張る姿が共通だということです。
それは、一見、他人の意見を参考にした風を装いながら、実は何の根拠もなく自分の考え方に固執し、他人の意見を全く聞かないのですから「盲信」と
全く同じことでしょう。
かの聖徳太子の「和をもって貴しとなす」の本意は、異なる意見を「全会一致」にするこではなく、「とことん話しあいをして、お互いのわだかまりをなくせ」
だそうです。
日本人はいつからこの言葉を「人同士の論争を避けることが第一」みたいに解釈するようになったのでしょう。
これでは少数意見でも声高な人(他人のいうことなど聞かない上記の盲信者)の意見がいつも通る社会という歪んだ形になります。
事実、昨年の学校の運動会開催が一部の人の強硬意見のためにできなかったところが多かったと聞いております。
民主主義で少数意見を大事に大事にするのは、「多数決」という数の暴力を前提とした制度だからです。
あくまで、多数決が先にありきなので、衆愚決議を避けるために少数意見併記が絶対必要なのです。
それが、昨年の各地の地域社会の会合では、その少数意見のごり押しに負けて、多数決決議ができなかった所が多かったと聞いています。
これは本末転倒の社会です。
「とことん話し合う」というのを形にすると、それは「互いの歩み寄り」=「妥協点を見いだす」ことに他なりません。
もし、これができないのなら、民主主義というものが、基本的に成り立たないのです。
なぜなら、全く妥協しない人は当初こそ、その意見が通ることがあるかもしれませんが、いずれはその社会から排除されるか孤立する方向に
進まざるを得ず、結果として、民主主義ではなく、社会は専制政治国家と同じになります。
世界規模で見ても、歩み寄りのない原理原則主義者の存在は、常に国内国外の不安定要因であることを今一度考えてみて下さい。
ですから、このような非常時にこそ、「科学的」「合理的」対応での話しあいが日本人には特に必要になってくるのです(下記参照)。
それにしても、我々現代日本人は、通信手段の発展により、統制された新聞TVからの情報しか得られません。
この情報の一元化はとても危険です。たとえて言えば、戦前に首脳同士の日米平和交渉があったとして、たった一人の通訳のでたらめな翻訳により、
その場で交渉決裂になるようなものです(お互いに、その言葉が正しく翻訳されたか検証するすべがない)。
現代の通訳の位置にいるのが、まさに新聞、TVの記者です。
この人達が我々への情報操作をしてないという補償はありませんし、実際、新聞紙上で見る記事が、記者の意訳誤訳でないとは、どうしても思えない
節もあります。、
即ち、取材時間の長さの割に記事は短いし、TVで取材対象者の肉声が消され、画面スーパーになっている報道ものなどです。
いつか、その取材、報道全体の正確さの検証を誰かがすべきでしょうが、それは今かもしれないとも思っています。
3)2月の施設行事はありませんでしたが、毎年、この月末には通所ケアの行事で桜餅の製作があります。地元の坂本屋さんよりいつも
桜葉の差し入れがあります。ありがとうございます。
例年になく寒い日々が続く冬です。一部の科学者は1万年間の間氷期が終わり、氷河期へ突入する年かもしれないと言っております。
勿論、昨年の1000年に1度の大震災にすら右往左往なのですから、1万年に一度が今年からやって来る年に巡り会うのは
奇跡的な確率に違いはありませんが、そうなったら「未曾有の出来事」どころか「有史以来の出来事」になる、日本人だけではない
人類にとっての存亡のかかった超大事件になります。
確率的にあり得ないと言っても、神ならぬ我々にはそうでないことを否定するすべはありません。
仮定の話として、もしその氷河期が来たら(太陽黒点活動の低下で数年内に平均気温が4〜7度C低下と言う説がある)、人類にとっての
急務は食糧確保であり、それは即ちエネルギーの確保と言うことになります。
中東の原油を全て食いつぶしても、人類全体の存続のためのエネルギーは10年持たせるのも無理かもしれません。そうなると、今、
人類の手にしているエネルギー不足への対抗手段は何と、昨年福島県人を散々悩ました「原子力エネルギー」しか無いことになります。
そうなっても、今ヒステリー的に「放射能怖い」を言い募って騒いでいる人たちは「反原発」と言えるのでしょうか? きっと口をつぐむだけでしょう。
だから、冷静に議論をして、何を為すべきかの話しあいをすべきと言っているわけです。
「反原発」、「原発促進」はイデオロギー論争では困るのです。どこで妥協点をみいだせるかを積み上げておかないと、いざとなった時の意見の
相違が、日本にまた内乱の日々(日本では西南戦争以来消滅しているが、世界はまだまだあるのが普通)を生じさせ、共倒れの未来を招く
ことにもなりかねません。
閑話休題
一昨年の豚インフル騒ぎの時に、殆どの日本人は気がつかなかったようですが、あの予防ワクチン供給で、担当自治体の能力の違いで大きな
地域時間差が生じました。
幸いにも、あのインフルエンザそのものの致死性が低く、問題にもなりませんでしたが、もしも致死性の高いもので、予防ワクチンの効果が
絶大だったなら、戦後日本では初の、地域によって命の値段に差がつくことになった事件だったわけです(今も公式的には全ての国民の命
は平等ですが)。
これが、氷河期到来的大事件であったなら、もっと露骨に命の値段の差がでてしまう社会大混乱になることは自明の理です。
そう考えれば、医療も介護も平和であって(軍事的だけでなく社会的事件もないこと)こそ成り立つ事業であることを、いつも心の中に
思っての行動が必要なわけです。
こうしろああしろ、こうしなくちゃ等を声高に叫ぶ方達は、その前にその要求が成り立つ社会を構築できているかの反省をしてからにして欲しい
と思う毎日です。
3)1月
A新聞に「森田療法」(大正時代に神経病患者の治療法として森田正馬博士が提唱した薬を使わない方式)の話が載っていて、何気なく
読んでいたら、自分が医学部時代に習って理解していたことと違う「本質」が鮮やかに説明してあり、目から鱗でした。
自分が教科書で読んでいたのは、その本質を説明できない人々(精神科のDr.には多い気がする)の解説であったのかと。
「あるがまま受け入れる」という言葉は知っていたのですが、その本質が「現状を変えようとする、脱却しようとする心の持ち方そのものが
あなた自身のストレスになっている」ことであったのを知り、驚きました。これは殆ど仏教における「悟り」の世界と同じかと。
そう言えば、確か森田先生も神経の病を克服した人を「悟りを得た」みたいな表現をしていたことを思い出しました。
この大震災で深い悲しみ、不安を持たれた方が多数いらっしゃるかと思いますが、この考えで行けば、「忘れろ」、「克服しろ」ではなく、
「その悲しみ、不安を見つめて共に生きていきましょう」になるかと思います。
人がこうしなかったから悪いなどと他人を非難して溜飲を下げているような、情けない輩にはくれぐれもならないようにしましょう。
それが、この時代を生きていく仲間同士かと存じます。
閑話休題
貞観大地震(869年)の前後はどうも日本列島の大地殻変動期だったらしく、9年後(878年)に関東、18年後(887年)に南海地域の
大地震が記録されています。また19年前(840年)には出羽大地震の記録もあり、前年(868年)には山崎大地震と、何となく最近の日本の
大地震(1983年日本海中部大地震、1995年阪神淡路大震災)の起こっている順番に類似しているようです。鳥海山、富士山が大爆発してない
ことくらいが違いのようです(貞観の頃は日本各地で火山爆発が多数あったと記録されている)が、嫌な気がします。
こうなったら、「必ず大地震は来る」、「必ず大災害となる」ことをあるがままに受け入れ、その被害をなるべく最少にする努力(結果は
どうなるか分からないと割り切る)を日本人はこれからの人生設計の中に入れておくべきでしょう・
以下は平成23年の「月々の思ったこと」です
2)12月はインフルエンザ予防でのワクチン接種期間となりました。
施設でも、予防接種を希望するかの予診表があります。でも本人の意思確認と言うより、家族の意思確認と言うのが実態です。
ここで、気になるのは、一度も自宅に帰れない人、帰っていない人の家族ほど、簡単に希望に○をつけていることです。
希に、もう予防接種をする意味が失われた生存水準だからと、「希望しない」を選択する家族もおられ、こちらがまともな反応と思われますが、
本当に年に一人か二人程度しかおられません。
老人予防接種に自治体の助成金が無くなったら、希望者はゼロになるのではないかと思っている今日この頃です。
閑話休題
相変わらず、地方新聞でも放射線の健康被害のあるなし記事が出ますが、毎回最後は「どちらの言うことが正しいか分からん」という住民コメントを載せ、
公平さを装って、結論を書かずにお茶を濁しています。
現状の放射線問題を「安心」かどうかの論点でしゃべる人はイデオロギー主体であって、たとえて言えばどこかの政党の党大会での主張者です。
こうあってはいけない、こうあるべきだという話しですので、即ち、こちらは常に他人に同意を求めるスタイルとなります。
一方、放射線が「安全」かどうかは科学での解析主体であって、こちらのたとえは、どこかの学術大会での論文発表となります。
この場合、論文発表は自らの情報、考え方を提示するだけで、それらを聞いて判断する人への強制はしません。
つまり、ある党大会での発表者と学術大会での発表者を前にして、矛盾していてどちらが正しいのか分からない等の記事を書く新聞記者が
一番理解していないのです。そのような立場の違う日本語を話しているのに、両方とも共通の場で話しをしている風にまとめること自体がそもそも無理
なことをです。
党大会発表と学術大会発表が同じ内容を論じているわけはないのですから、「矛盾している」などの日本語を使うのは、書いた記者本人がそもそも本質
を理解していないことの証明に他なりません。
「えせ科学は同意を求める(カール・セーガン)」という言葉を、新聞記者諸兄は理解して欲しいものです。
「安全」は第3者的に証明できても、「安心」は人によって違うので、自分以外の第3者基準が入り込む余地はありません。
この2つのことばを続けて、{「安全」「安心」が放射線問題では大切だ}等と書きまくる人たちの、言葉への無神経振りが理解できなくなるわけです。
3)震災などで故郷を離れた人たちの帰郷への熱は半年を過ぎると下がりはじめ、10ヶ月を超えると殆ど無くなってくるとの話を読んだことがあります。
避難先でそれなりに人付き合いができあがるためとの解説でしたが、この方達は今が正念場でしょう。深くご同情申し上げます。
ところで、3月11日より8ヶ月を過ぎ、震災の記録を残そうという具体的な活動が、この福島厚生連や塙厚生病院でも始まり、全職員にその時の行動記録の
提出案内が来ました。
気になったのは、その例文としてあげられていた阪神淡路大震災でのある病院職員の記録です。
今回の大震災の時点でこまめに日記を付けていた小生の場合、その時の記載を今読み返すと、殆どあの緊迫の雰囲気を伝える文章がありません。
非常時には、動揺しまっくているため、具体的行動の詳述など、訓練されていない普通の人間にできるものではない事実を物語っています。
それでも小生はそのままの日記を提出することにしましたが、後から読み返すと、その時にそんなことをしている場合かと過去の自分に突っ込みを入れる
ような場面が散発し、赤面してしまいます。。
肉体的精神的疲労や情報過多過少などの異常環境、つまり、日頃と大きく違う場面ではこれらを冷静に処理できる頭脳を人間は有していないということ
でしょう。即ち、人間はそれほど冷静な思考が突発事にはできませんので、阪神淡路のその病院職員記録は失礼ですが、後出しの小説文かと。
この話しは、最近になってようやく「双葉病院職員が入所者を放り出して逃げた」という震災直後の報道が、福島県職員の無知とマスコミの暴走によるもので
ここの病院関係者の大部分は、実はちゃんと最後の移動まで入所者に付いていたという記事を眼にしたからです。
これほどの誤報をしてしまうのは、非常時にはいつもの思考ができないものだという鉄則を忘れた人たち(現場にいかないで情報だけで思い込む;下記の
思い込み的熱情に同じ)が、自分の頭の中で作り上げた妄想を検証できなかったし、検証しようとも思わなかったからでしょう。
落ち着いてからの記録文の陥りやすい罠がこれと同じなのです。即ち、どうしてもこうあるべき意識(その時の行動での大きな失敗でも些細なことでも同じ)
を出したいという深層心理のため、美辞麗句とまでは言いませんが、事実としてあった行動を美化するような方向にできあがってしまうわけです。
下記の放射能汚染土除去問題も、11月時点ではどこにも持って行きようがない袋小路問題と化してしまいました。
如何に妄想的思い込みで突っ走るとどうにもならなくなるかの見本です。上記の双葉病院誤報はまだ震災直後という言い訳が許されそうではありますが、
半年過ぎてからも汚染土除去騒ぎを煽っていた人たちの責任問題は後日必ず明確にすべきでしょう。
日本的に「水に流す」話しではありません。特に「汚染土除去」事業での利益を受けた集団が関与している場合は。
4)今年の8月にも先の大戦へのあゆみを検証する番組が複数作られ、無謀な道に何故踏み込んだかそれぞれ解説していました。
どれもそれなりに納得できましたが、今回の福島原発事故後の世間の風潮を見ると、もっとちがう理由があったと私は確信するようになりました。
どれほど科学的に人に説明しても、「なるほど分かりましたが、でも」とばかり、こんなことでは安心できない、そうだよねと全く内容の検討をせずに
「わっしょい、危険だ、わっしょい」とばかりに新聞、TV,週刊誌は放射能は危険と煽りまくり、これを持続的にやられると、そこには冷静な議論も対応も
生まれようがない、1種の異様な社会熱が遷延することになります。
つまり、ちょっとでも「それほど放射線が人体の健康を阻害する危険な水準にはない」とでも言うと、目をつり上げたご婦人が「子供が心配でないんですか」と
ヒステリー的に声高に叫んで、冷静な議論の芽を摘んでしまう異様さがそれです。
これは、欧米との和平、中華民国との共存などを唱えても、国民にそれを是とする素地の無かった戦前と全く同じ状況と私には見えます。
戦前も武力衝突を心配しての冷静な呼びかけを国民にした人々が少なからずいたことは今に残る記録から読み取れますが、なぜ、それが大きなうねりを
国民の中に呼び起こすことができなかったかを、私はずっと疑問に思っていました。
でも、今度は分かりました。
全くその必要性の科学的根拠など無視して、住民の心配を解決するためと称して、「放射能除染対策」に邁進する現代日本の姿は、戦前の「満蒙問題」、
「支那問題」を武力解決に邁進した我らの父、じいさん、曾じいさん(当施設入所中の方々にあたる)から一つも進歩してないことをです。
非常時には「科学的」「合理的」思考がより求められるのに、我が日本型社会は逆に「思い込み的」「雰囲気的」熱情で走りやすい(中央公論新社「失敗の本質」より)
という指摘がぴったり合う姿がそれです。
そして、その冷静な声も、一部の声高な主張、デマを叫ぶ人たちの声にかき消され、口をつぐんでしまうことから社会に発信されなくなってしまう悪循環に陥ることも
全く変わっていません。日本人では声高な人々の間でもしっかり主張できる胆力を持った人は少なく、かの足尾銅山事件の田中正造氏くらいなものでしょうか。
もちろん、私も、理論も議論も通じない人との会話には気が進まない普通の水準の日本人です(ちょっとだけ強いかも)ので、最近は放射線の話しもあまり
しなくなったと自覚しています。戦前もそうして冷静な論客が一人減り、二人減りしてついには戦争にまで行き着いた流れが理解できるということです。
そもそも、放射線が危険だと警鐘を鳴らすのは「非常事態」を招かなくする予防のためであって、不幸にもその非常事態となったからには、それは
一旦終了し、冷静にその被害はどのような形の健康被害になるのかの科学的検証を、それこそ国の英知を結集して行うことが、本当の対策と思います。
それを「〜の危険の可能性がある」だの「がんになったらどうするの」だの、とても大人とは思えないような発言をする学者の一部の言動を切り取って
社会に不安を垂れ流すだけの一部のマスコミには、本当に失望してしまいます。彼らの役割は本来違うはずです。
御礼: 8月23日に、(財)郵政福祉東北地方本部県南地区より、鮫川の大池局長を代表として塙高城の金澤秀世局長、笹原の園部局長、塙町本局の
金澤圭一局長が来られて、久慈の郷に車椅子1台のご寄付がありました。
日本中の眼が震災被害者だけに向いている感のあるご時世に、このような高齢者施設への気配り、目配りには大変感謝申し上げる次第です。
5)大災害(もちろん天災人災を問わず)で、故郷を出ることになった人たちの第一希望は世界中同じで、「地域の復興」がそれだそうです。
最近、東北罹災地区の復興に向けての活動で、その復興への標語募集などがあったようですので、私も一つ掲げておきます。
「職のないところに食はなく、食がなければ住はなく、住がなければ医も介護もない」
一時金(支援金、賠償金とか観光とか)収入ではなく、安定した職の確保が復興の要と思う人は私だけではないと思います。
5)7月30日(土)の久慈の郷夏祭りは、朝の時点では天候不順のため、屋内開催としましたが、午後の晴れ間を見て、実行委員が急遽屋外開催を
決めました。30分早めて、利用者の皆さんをボランティアの助けを借りてお隣のダリア工房さんの駐車場へと導きました。施設長挨拶で、これで雨が
降らなければ「大英断」、雨が降れば「無謀」といわれるが、それはどちらであっても人にはどうにもならない定めと話しました。残念ながら無情にも
30分後に雨が降り始め、利用者の皆さんを午後6時前に館内に収容致しました。その後は館内開催を想定してなかったので、これでお開きと致し
ました。
わずか30分の屋外夏祭りでしたが、恒例の行事は少しはできましたので、利用者の方にとっては、それはそれで良かったかと思います。
7)下記一番下にあるような講演依頼が4月以降も続き、7月末までで都合15回ありました。
何故、自分の所に話しが来るのか実はよく分からなかったのですが、ある小学校のPTA対象の講演の時にやっとそれが分かる事件がありました。
講演後の質疑の時に、PTAの一人から「安全だというなら念書を書け」という発言がありました。こちらは「心配する人がいるので頼まれて講演をして
いるだけで、自分の意見を聞いて貰いたくてやっていることではない。聞いて判断するのはそちらであって、意見を強要しているわけではない。
それでも念書をよこせというのなら金を払え」と半分切れて答えました。終了後に、校長先生に迷惑かけてしまったかなと思いながら校長室で
待っていたら、校長が満面の笑みで「先生の一喝のおかげでPTAがまとまりました」とドアを開けて入ってきました。
この瞬間に理解できました。あー、この人達はやいのやいの言われても言い返すこともできずに悶々と一部の人の「悪意あることば」に耐える
日々を送ってこられたのだなと。つまり、一部の人の罵声で引きずられていた人たちが、「反論」できる人の一言で、大部分の人が我に返ったという
構造だったことが目に見えました。
そういえば、いろいろな場面での講演の実行に携わった役場職員、学校職員、NPO職員の皆さんが異口同音に「いろいろ言われて辛い」とこちらに
愚痴をこぼしていたことを思い出しました。
そうか、一般人は、「悪意ある言葉」に耐性がないのだと思い至りました。
小生などへもネットではひどいいわれようの書き込みがあることを見つけましたが、医者は「罵詈雑言」には慣れています(それはそれで怖い話し
ですが)ので、上記の社会の第一線の窓口で、人の悪意のことばを浴びて心を痛められた方達には深くご同情申し上げます。
一連の原発事故の騒ぎの中での最大のPTSD被害者はこの方達だったと思うに至りました。
8)6月末、ついにJinの最終回が来てしまいました。
原作のあるドラマだけに終了があるのは仕方がありませんが、幕末という時代設定にして医療を語ると、現在の医療の問題点の根本がかくも
鮮やかに浮き上がることに気がつく身としてはつくづく惜しいことでした。
この最終回でも橘 咲さんが「過去に必死で生きてきた人たちの思いが受け継がれたのが今の世なら、それはもはや一つの確固とした歴史では
ございませぬか」という台詞にはしびれてしまいました。
医療の歴史を振り返ると、実に累々たる死者の数とそれに立ち向かってきた医療人の思いの数のあまりの多さに思考が停止してしまいます。
何が医療の成功で何が失敗かなどはかすんでしまうほど膨大な数の命が失われ、又救われてきた事実の重さからです。
私たちはそのような必死の思いの歴史の延長にいることは確かでしょう。
Jinの何作目でしたか、池に落ちて死んだ子供を嘆く場面で、その子の両親が「これがこの子の定めでございます」と、南方先生に感謝こそすれ
一言の恨みを言わないで泣く場面がありました。
あの場面で、私は小児科医ではありませんが、そうだ、少なくとも自分が医者になったのは、そのような「この世の定め」と無念の涙を流す親を
一人でも減らすためだったことを急に思い出しました。その生死が「定め」ではない可能性を求めて、自分は医者になったのだと。
しかし、いつの間にか、必死の思いには必死の思いで答える、この当たり前が自分からも今の日本からも失われて久しい気がします。
Jinはその忘れ物を思い出させてくれました。
ドラマのラストでの橘 咲さんの残した手紙は、「究極のラブレター」でしたね。時空を越え、虚実を越えて人を感動させる。すばらしかったです。
あのような人がもしもこの世におられるのなら、一瞬でも同じ空気を吸う空間に存在したかったと、ドラマであることを忘れて本気で思いました。
9)ドイツはついに脱原発を国策として打ち出しました。我が日本ではこれだけの大騒ぎの渦中にあるにもかかわらず、どうも簡単には脱原発へ
と行く風潮ではなさそうです。個人的にはまだ人類は原子力を制御できていないと考えるので、ドイツの決心に賛成です。しかし、、これを安全
に管理する技術さえ得られれば、人類の根本問題(国民の生存力は、生活維持に使用できるエネルギー量に比例する→エネルギーを得る手段を
持つ国と持たざる国の間に生存力格差が生じる→過去の大戦争の原因は突き詰めると殆どここにある)を解決できる手段である(豊かなエネル
ギーを安定して得られる)ことも確かです。
これを考えている時に、東京都庁はサマータイム導入を決め、さっさと実行に移したというニュースを聞きました。あれほど過去に、サマータイム
導入で反対意見が多くて断念していたことなのにです。いかにこの頃の日本は「そうなっているから変更は難しい」だの「前からそうやっている」
などの中身のない言葉で国民は話していたかが分かる逆説的話題です。
その気になればあっという間に変更できるのですから、「当たり前」のことにその必要性や重要性の裏付けがないことの多さに気がつく話しでも
あります。
この大震災、原発事故を機に「当たり前と只はこの世にない」という先人の言葉をかみしめ、自分達の必要としているのは何かを考え直すことが
今回の大災害の過程で命を落とした人たちへのせめてもの手向けになるのではないでしょうか。
現時点での莫大な電力需要がさして生活上必要のない部分から生じている事実を見つめれば、原子力発電は「脱」ではなく、「休眠」とし、電力量
生産拡大は、将来の若い俊英による技術革新の時が来るのを待つべきでしょう。
その日までを我慢できない日本国民ではありますまい。
閑話休題
医療介護界でも「あれも当たり前、これも当たり前」でないことがたくさんあることを国民に示すべき時が来たかと存じます。この大災害を機に
「人が生きること」とは何かを見直せば、何と方向違いの多かった医療介護の世界だったかが理解できることと思います。
即ち、介護とは、一言で言えば、下記で老衰の定義でいう一人で生きられる力を失った部分を、「補うか、支援する」ことです。
そしてそれはずばり、食事、睡眠、排泄の支援が基本です。なぜならこれらが一番生死に直結する(病気の管理も入りますが、それは介護施設の
役割ではなく医療施設の役割です)生活機能だからです。
入浴とかリハビリとかは2の次になる理屈もここにあります。
まして、生き甲斐とかの観念的なものはもっと優先順位が下位となる理由でもあります(→介護の重要度や優先度には順番があるということです)。
これらを、今までは順番も付けずに「あれもこれも高齢者のため」などとその裏付けもない言葉で、現場で働く若い介護職員に際限のない介護
努力を押しつけて来たのがマスコミに煽られた人々だったのです。
これからは介護で「何を期待してるのか」を自分の言葉で語れる人の登場を期待しております。
「年寄りを世話をするのが当たり前」の「当たり前」の部分を語れる哲学を持っている人物の登場を特にです。
11)時々、90過ぎて施設入所中の高齢者が亡くなった時に、「何で?」と、老衰以外の何者もないだろうと思っている介護側が驚く質問をする家族が
いることで考えたことがあります。これは「老衰」の定義を共有していないために起こっているのだろうと。
そこで、異文化異民族の言葉の定義共有では一番優れている言語の英語では、つまり、アメリカでは「老衰」の概念をどう捉えているのかを調べて
みました。
アメリカでは直訳すると「栄養状態や認知機能、精神状態、日常生活機能が加齢を含め何らかの原因から低下して、それまでの環境や社会が
提供していた支援力だけでは生存できなくなった虚弱状態が進行すること」(Failure to thrive:FTT;生存力崩壊≒老衰)としていました。
→「生きる力という着物が1枚1枚、身体から徐々に剥がされていく状態」という言い方もできます(私の解釈)。
つまり、これは,自立生活能力が低下する段階を区別(健康期→虚弱期→高度虚弱期→終末期)できるという考えで、たとえば、虚弱段階期に
入れば、持病の一つが悪化しての死亡も病死ではなく老衰死(生存力の段階崩壊による死)と捉えることができるという考え方です。
そして、この区別は生存力を総合的に見ているので、いくら記憶力がよく話せてもベッド上寝たきりなら「高度虚弱期」、逆にすたすた歩けて
食事を自力で摂取できても中等度以上の認知症があればやはり「高度虚弱期」ととらえる考え方です。
そして総じて85才以上になれば、何をしてもこの段階的進行を逆戻りはできないことも検証されております。
確かに、このような定義にして考えた方が、日常の介護現場でよくある「寝たきりだったけど、さっきまで元気で話していたのに急変した」という言葉が
間違いであることをよく理解できます。
つまり、この言葉は「元気」の定義が違っていることを気がつかない台詞だったのです。アメリカ流に解釈すれば、「元気=話しをしていた」ではなく、
「寝たきりなので元気ではない=高度虚弱」なので、ちょっとした脱水、発熱などの一押しで死亡しても不思議はないとなります。
同じ文化同じ言語での会話だから意思疎通が完璧という考えは幻想であることを、私たち日本人は考えるべき時に来ていると思います。
12)原発事故での放射線健康被害の話しを依頼され、町民の皆さん(ふれあいネットワーク:子供を抱える若いお母さん主体)に4月18日に講演しました。
急性被爆での健康障害は、不幸な事件(原爆被爆者、原子炉事故直近被爆、不注意での臨界事故など)の解析から、ある程度線量と健康被害について
ここまでなら健康被害のない安全値(しきい値(閾値ともいう))を設定できているが、慢性被曝(低線量での繰り返し被曝)での積算値(累積値)が、
急性被曝と同等の確率で健康被害を及ぼすかについての実証されたデータはまだ無いということが、話しの中心でした。
即ち、環境に放射性物質が拡散した事件は、米ソ英仏の大気圏内核実験(1946〜1963)、スリーマイルズ島原発事故、チェルノイブイリ原発事故、英国核燃料
再生工場の排液海洋投棄の4つが有名ですが、この中で唯一、チェルノブイリでの周辺での小児甲状腺癌増加が関連ありとされてはいるだけで、白血病や
その他の癌発生率の上昇は25年過ぎた現在でもチェルノブイリ付近での報告はまだありません。
この話をすると、すぐにロシアやウクライナ政府が隠しているとか言う方がいますが、ちょっと考えてみて下さい。今時、自分の身内がばたばたと癌や白血病が
でて死んだ時に、黙っている人がどこの世界にいるでしょうか(秘密警察が口を封じているとでもいうのでしょうか)。
今47〜76才の日本人は少年少女だった頃の大気圏内核実験で、今より数百倍のセシウムが体内にあったことがあり(蓄積はしない)、「死の灰を浴びて死ぬ」
とか「雨に当たると毛が抜ける」」、「ストロンチウムが骨に蓄積して溶かす」などといわれて育った世代です。それにもかかわらず、まだ、他の世代に比べて
死亡率が高いなどは一度も聞いたことがありません(→すべて当時の反核風潮の中での与太話でした)。
東電の大失敗は到底、福島県人にとって許せるものではありませんが、今後に繰り返しの水素爆発が続かない限り、放射能は必ずその強さを減じますので、
燃料棒冷却問題は終熄しつつあると言う東電が嘘をついていないことを祈るだけです。
とにかく、累積線量被曝が急性被曝線量と同じ健康被害を起こすというのは「直線的しきい値無し(Linear No Threshold」モデルという仮説で考えている
だけで、今までの人類の不幸な事件ではそれが正しいことの証明はされていませんので、東電や政府が嘘をつこうがつくまいが、現状での屋外放射能値で
将来の健康被害が出ることは現時点で考えられません。よって、何も心配せずに外で遊んでくださいと伝えました。
もちろん、このような原発事故での放射線騒ぎがあろうが無かろうが、ある一定の率で癌や白血病は誰にでも発症するので、将来、お母さん達がもしもこれら
の病気が我が子に出た時、「あのとき放射能を注意しなかったせいだ」などと悔やむといけないので、常識的にあえて雨の中を走り回るとか、汚染地域の
土遊びをするなどはやめておいて下さいとの注意をして講演を終了しました。
