平和の集い

タイトル画像

リンクボタン
      
   
     
 2002年8月1〜7日浜岡の近くの袋井市小笠山山麓デンマーク牧場で平和の集いがあった。東海
地震の前に浜岡原発を止めるために有志ある人達や昔からの知己参加人等が集まった。準備期間は7月
22日からで私達は29日に現地入りする。あらかじめHPでの情報をたよりに来たので気分は楽だった。
しかし半分は不安もあった。果たしてどれ位の人が集まりトラブルなく進行するだろうか・・・
それでもここに来た以上は皆と一体になり魂を投入すべきと思った。
 その昔デンマーク人宣教師が築いたこの広大な牧場一帯は、暑い夏の日差しでむせかえっている。
受付らしきテントの台には、若い男女スタッフが汗をたらしながら仕事をしている。あいさつを交わした後
我がテントを張るため小山の斜面へとむかう。 見渡せばすでにいろいろな住民がユニークなスタイルで
生活をしている。最初は少しとまどった気持ちも否めなかった。「なんて不便そうな有り様!まいったなー」
しかし、皆は嬉々として各々のすることをしている。20分くらい斜面におけるテントゾーンを探索する
うちにくだったあたりに寝場所を決める。そこで10日間 平和の集いにおける営みを行った。
 そしてもうひとつの会場ではステージ設営が行われていた。暑い中遅々たる動きのように見えていた
準備も魔法のようにオープニングにむけて、充実を極めている。
 とにかく草むらをかきわけ汗だく
になって歩くことが多い。井戸水にはとてもお世話になる。新鮮で冷たくておいしい生命の水のありがたみ
を、身にしみて感じる。 たったひとつの水源(キャンプ場において)であるから、絶えず人が群がり順番
待ちの状態で自然と会話が始まる。そしてその場にいあわせた者同士水を囲むことによりくもらされた
現代文明の汚れさえも洗われたようなうれしささえ感ずるのだ。
 このぼろい感覚は、原発を中心
とするはったりの世界に対しての痛快なるパンチをくらわす感覚と同次元だ。 
浜岡原発の建ち並ぶ場所に近い山の懐で正直なる人間達は自然に活か
され、自然に愛された。だから始終
皆の顔は喜びに満ちていた。まるで古代的神話の世界のように。原子力発電所に(歌や踊りや太鼓や
シンポジウム等)喜びをもってこそ立ち向かったからだ。
 オープニングセレモニーの儀式は高次元世界の始まりの象徴だった。
皆の祈りは土や草や空と一体になる。
 この集いではキャンプインするところとステージや本部食堂のところ
と2ヶ所に分散している。
受付の地点を少し行ったところを境に民家のある方の坂道をのぼりキャンプ地にいく道は、直射日光をさけ
ながら木々の下の道をとぼとぼ歩いて人々のたむろする楽しい場に向
かう高揚感のただよう実は裏道。
目と目があえばニコッと笑い、いつも何かがムーブしている。
 そして受付からキャンプ地へ至る
おい繁る草むらの間のもう一方の道は心の中をたどる道。(上手く出来ているなァ) カラスアゲハにハッとしたり
セミの声に耳を洗われながら往復したものである。    
 キャンプ地のはるか斜面の手前には
切り出され組み合された孟宗竹にメッセージや毎日発行される新聞の貼られた掲示板のあるくぐりがあり、
それをくぐるとテントやティピの集落が右上の斜面の上方に開かれている。                                         
 水汲み場に近い台所兼食堂の場所は一番最初の拠点だ。水場の奥にシャワー室があり、やまの尾根を横
にまちが開ける。そして中程までいくと真下に下る道と十字路になる。その道をつき切るとトイレがある。
穴をほり木材を重ねて、しきりをつくり竹で組み立て黒い布でおおったトイレだ。少し抵抗感がある。
が、そのうちにはこういうトイレこそが生きてる喜びを教えてくれる。むしろ清潔な感覚だ。
現代のおいつまった便利の中の不便をもたらす生活様式は?としかいいようがない。 
斜面の中程にはさわやか霊界ティピがありここではよく儀式が行われた。皆で祈る・・・。
いったんセレモニーが始まると、そこは村全体のへそとなる。
 オープニングセレモニーはみんなが丸くなり、
いろんな宗教のお祈りや 太鼓の音を味わい神聖なる葉の煙の清めを行い、一人一人が祈った。                   
()()()にわたる三日間のライブは
草の間で寝転んだり、坐ったりあるいは踊って楽しんだり、
空を味わい夏を味わいの天然の贅沢三昧だった。
トンボが風にのって飛び、大きなゆるい傾斜の大きな牧場には、大きな馬が大小2頭尻尾をふりながら移動し、
絵空事でもないのに絵空事のように眺めていた。
 金網の柵の所で小羊達は、メェメェではなくてウメェウメェとないて、なきごえと言語がオーバーラップ
クロスして何がうめえんだ?     
 20日間にわたり確実に現出し存在したヒッピー村。正真正銘まぼろしでない。その山麓の丘の上に広がる空は、
私達と共にいつもあった。そして参加者の一人一人が浜岡原発をはじめ原子力発電所というものに対して、
豆の皮がはがれるようにより意識的になった。
それがこの集いによる大きな功績でありそもそもの目的でもあり、
この集いをはじめた人達や裁判を通して戦っているウォークイン浜岡の人達とともにその願いとともに、
私達はそのことに関してよりそれぞれの事情が、それぞれのあり方で許せる限り活動的になっていくべきだ。                 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 不条理がこの世にある限りは戦いつつ生きていかなければならない自分達。
これは聖なる遊びであると同時に戦いだ。準備もおわりに近ずいた頃、
ある昼下がり丘の上のカラッとひからびたにわか仕立ての村のベニヤ板の縁側に坐り、
SAWAさん(あとで述べるがこの人とは10年以上も前からの知り合いで 、この人との話はいつもなぜか
心の奥深いところで郷愁になってしまう。以下、さん、は省略)
の原発に関しての問題を戦い抜いていくことの話をきくとき、物質文明の中で夢を見ているのはどちらだろう。
もともと物質文明は科学の発達とともにここ数世紀の間夢見られ続けてきた。
そしてここに至ってそれは非人間的なあるいは非いのち的な社会の過剰システムとともに飽和点に達し、
too muchになり転化し悪夢の様相を呈して来ている。そしてそのガシャリとかかった悪夢の罠をはずすべくなせる業は
たった一つ、もう一度機械論的じゃなくオーガニックな自由観と平等観と平和観を含めて、
物質文明もなおシビアに厳しく見直しつつも含有するかどうかは別としてその上にもっと自然に優しいガイア観に
基づいた豊かな精神世界がバランス良く兼ね備えられた世界を夢見直すことだ。    
 6日夕方祈りのセッション、ごく自然体に輪になり皆で祈る。また瞑想の形態に入る。しばしの静寂、
山の端に移ろいゆく空が広がり宵の明星は近くに感じられ過ぎて、女神の雫かとでもいいたくなる。
この天地のハーモニーの中で自然と成り立っているかりそめとはいえ集団的心の寄せ合い、2000年も超えた
未来的ともいえる現代物質文明の中に強い問題意識を持って毅然とたつ、美しくそれぞれの祈りを綾織り重ねた
 平和の集い の人々は宇宙から天地の掟を授けられたのだ。    
この村の長老達のその下の者を思いやるまなざしは、幼き者あるいはまだ若い者達 時に夕の大空に放たれ
SAWAの詩が吠えられ、ジャンの詩が吠えられた。そしてその美しい一時は太鼓と踊りの竜のうねりの後
やがてパチパチと焚き火の火にかわった。
 そしてそのよるキャンプ地の裏口の近くのティピでトムラブランクの詩の朗読があった。
かなりほの暗い灯りの中、一語一語は意味はわからないが呪文のように魂に刻まれた。
それ程原発と戦うということは重いことなのか。そしてボブ(内田ボブ)がトムの詩で歌を歌った。
その夜はとてもすばらしいティピの集まりだった。 
 そしてその同じティピで次につながる女の集いがもたれた。
黙ってはいても10年、20年あるいはそれ以上の知己友人同士が結び合わさっての縁、
これといった約束はないが偶然ではない。
 一歩外に出ればあの社会にはくだらない事が多すぎる事は十分知っている。
 私達は仲良くこのフリークの長老達とともに、
まだ若いが若さ溢れる若者とともに夢のような愛の満足した短い日々を過ごせた。
 果実は熟してその香りは漂いそれを味わえたことに私達は感謝します。忘れないうちに言っておこう。
一番最初にこういう催しがあると手紙で知らせてくれたポンさん(山田塊也)ありがとう。
そして 平和の集い ありがとう。   
  
  
      
i