老犬コロ 部屋の中を走り廻る室内犬ミニチュァダックス・フント=箱入り娘マロン

の額のような 庭でを飼い

(右の写真=柴犬コロ)
(左=マロン)わが家の深窓の令嬢、部屋中を駆けずり廻つています
我が家では、夫婦ともどもどこの馬の骨か牛の骨かも分からない生まれで、ましてや家系図などはない。
はっきりしていることは由緒正しき貧乏人の家系の生まれである。
それにひきかえ、マロンは祖父、祖母まで記された立派な血統証付である。

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我が家では、家の軒下の僅かな空間を洒落ッ気を含めて、坪庭、方寸の庭などと おこがましくも庭と呼んでおりますが、その軒下ならぬ庭で犬を飼つています。
当初、犬小屋は地面に据え付けておりましたが蚤がついて可哀想なので一念發起して床を作りました。
はじめての 大工仕事にしては、上出来なベランダだと密かに自負しています。
コロも老齢、「曳っぱられた愛犬この頃曳く散歩」。"逆さまに行かぬ年月よ。老いはえ逃れぬわざなるけり(源氏物語・若菜下)”とありますが、容赦ない時間の力には逆らえないし、時計の針は戻せない。
人間の平均寿命が延びて長寿になつたように近年、人間を上廻る速さで進む犬の高齢化が言われますが、昔はリズミカルな足取りで散歩していたコロもここ1〜2年、トボトボと後をついて来ます。
犬は1年に4歳加齢するとされますが、最近では足も引きずったり、腰をふらつかせる始末。
コロに向かつて「オレも歳をとつたが、お前も老けたなぁ」「お前を連れていなければ、オレも徘徊老人と間違われそうだ」「老々介護だ。」と自嘲気味の苦笑まじり。一方、犬は老いても己の老いを嘆いたり将来を思い煩つたりする気配は見せない。己の老いを受容し、飄々と暮らしている。
でも近くの海岸(海亀が産卵、自然孵化しました)まで、毎日の散歩は欠かせません。
昨日のような今日が来て、今日のような明日が来る。
犬の散歩からスローフード,スローライフの一日、ロハスの一日が始まります。
最近は、日記形式のブログが爆発的に増えているといわれるが、こんな毎日の私にとつては、題材不足でブログは無縁だ。

道すがら 花を愛でつつ 至福の一刻
年年歳歳花相似 歳歳年年人不同



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