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能は芝居である以上、舞台で起こることを個々の感性で見るべきだと思っている。一口に感性といっても、知識や体験の蓄積がからみ、またその日の状態もあるかと思う。かなり個人的な内容で申し訳ないが、「杜若(かきつばた)」という能を通して味わったある想いについて書かせていただく。
「杜若」というお能は、他の業平物と同様、いかにも能的な要素と雰囲気だけで構成されるある意味難解であり、ある意味ではただひたすらに美しいだけの曲である。古典『伊勢物語(いせものがたり)』に語られる在原業平(ありわらのなりひら)という人は、阿保親王の皇子でありながら官位とは無縁で、様々な女性と恋の浮名を流した、光源氏のモデルにもなった人物である。伊勢物語に典拠する能は他にも「雲林院(うんりんいん)」、「小塩(おしお)」、そして能を代表する名曲「井筒(いづつ)」があるが、これらは全て業平の恋物語に拠る。
その一つの恋故に、彼は東の方に流される。人目を忍びつつ都を追われてゆく姿はしかし、琳派の数多くの絵画に美しく残されている。まさに官位を捨て、美と恋に生きた風流びとであった。東へと落ちていくその途上、三河の国、八橋というところを通りかかった業平は、同行の人々にせがまれて「かきつばた」という五文字を頭に詠みこんだ歌を作る。それが、「からころも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもふ」の一句である。
能「杜若」は、この歌に詠まれた杜若の花の精がシテとなって登場し、旅のワキ僧に、業平が歌舞の菩薩の化身であることを語る。業平のうたに詠まれたゆえに花にも悟りの心がひらけ、静かに喜びを舞いつつ成仏して消えてゆく。
花が仏へと昇華する瞬間に、現世ではうつつなき身であった業平の姿が重なる、秀逸だが意味を成さないような、ただ水辺にぽろりと花が咲きこぼれるだけの、そんなすがすがとした美しさがある。殊に「恋之舞(こいのまい)」の小書(こがき)(特殊演出)が付くと、笛の音とともに水辺の花を愛でるシンプルだが写実的な型が入り、引き込まれて、ともに花を眺めている錯覚に陥らせる。
その日の舞台のおシテは観世流の若手で、まだ独立から2年目ほどであったように思う。ことさら上手であったのかどうか。実際に色香のある芸の持ち主ではあり、その日の舞台は静かに充実していた。
業平の旅はしかし、雅な暮らしをしてきた貴公子にとって寂しいものであったはずであり、「身を用なきものに思いなして」の東落ちは不本意であったろう。先の見えない思いに、「うらやましくも帰る波かな」と詠み、くゆる煙におぼつかない身の上をかこつ。
当時、勤めていた会社を辞めてアテもなく生きる道を手探りしていた自分の目には、自らを「無益なもの」に思う業平のおぼつかなさ、美への愛惜が何か遥々と哀しく映り、気がつくと涙がこぼれていた。ただ、それだけのことである。
六百年前の人が千年前の人を思って描いたこの能に、思いがけず自分自身の内側を見てしまったような錯覚を起こさせたのは、時を越えて伝わる人間の生の感情をただひたすらに澄まして結晶させた能の美意識に他ならないとおもう。
能は、伝統の結晶だから価値があるのでもなく、生きた古典だから高尚なのでもない。いまもなお現代を生きる人々に感動を与え続ける、血の通った芸能であることが、その魅力に憑かれて能に命を吹き込もうとするひとびとが大勢居ることが、凄いのである。
それだけではかたわで意味を成さない動作の羅列、暗喩だらけの言葉の綾から、受けとる側が自分の中に照射し構築する。不足、未完、余白、なんと言えばいいのだろう。
わたしの言葉ばかりが上滑りする。能の魅力を語るのに言葉は余計なものであると、自らの非力を思い知らされるばかりである。
*この能をモチーフに描かれた琳派の名品に、尾形光琳筆の「燕子花図」屏風がある。修復中でしばらくご無沙汰していたのだが、やっと今年公開される。
残念ながら花の時期には間に合わず秋の公開だが、是非一度この作品も味わっていただきたく思う。
根津美術館所蔵 国宝「燕子花図」尾形光琳筆
展示予定:10月8日(土)〜11月6日(日)
於:根津美術館(http://www.nezu-muse.or.jp/)
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