[参考文献]
ロータリー歴史と伝統の会 
会報  半期レポート 1994年1月   第1号  より転載

職業分類の原則の歴史について

ノーマン F.クローカー

私は、1941年にロータリアンとなっていますので、各ロータリークラブ会員が、各々に異なる職業分類を貸与され、所属クラブにおいて事業または専門職務を代表しているということをよく存じております。ですが、初めて、職業分類の原則の歴史や意味について知ったのは、私が世界最初のロータリークラブの会員になるよう誘われた1949年のことでした。
 親クラブ(シカゴ クラブ)に5番目に入会した会員(1908-10年度シカゴクラブ会長のハリー ラグルス)や初期の会員達と話し合っているときに、職業分類の原則が分かったのです。

1906年に会員となったカーニーや、1908年に会員となったチェスリー R.ペリー、最初のガバナーで、1914-15年度会長のハーバート C.アングスター、1921年に会員となったロータリークラブの歴史を編集するために、熱心に調査を始めました。
 会員増強のための委員会は、当時、Industries(産業)とAdmissions(入会)という二つの委員会でしたが、私は、その両委員会の委員長を務め、さらに、クラブ会長を務めましたので、私がロータリーについて学んでいくうえで大いに役立ちました。

国際ロータリーの職員のデニス G.スウェンソンは、職業分類の原則の歴史について資料を提供してくれました。それは、1922年の標準クラブ定款に遡るもので、1989年までに何度か改正されています。ポ―ル ハリスが最初の会合を開いたとき、ポール ハリスは、職業分類の原則について考えていませんでしたが、出席者はすべて異なる職業に従事していました。
 ポールP ハリスは、それぞれが異なる組織の人なら強力なクラブを構成できると思ったのでした。その通りです。1905年に初めてユニティー ビルディングの711号室で会合を開いた人は、超我の奉仕という理想を実現しようとした人ばかりでした。

1年後のl906年に、3人の会員が選ばれ、最初の定款、細則を起草しました。その人は、ポール P.ハリス、マックス ウルフ、チャールズ ニュートンでした。その定款細則は、20年間ほとんど改正されずに使われました。会員に関する規定は、「合法的事業または専門職務の持主、共同経営者(パートナー)、法人役員…。1911年に改正され「善良な道徳心の篤い人で良い世評…支配人または代理店…共同経営者は有資格者とする…但し、共同経営が存続する場合に限る…」。

1910年頃、クラブの会員選考委員会は、二つの小委員会に分けられました。調査委員会と職業分類委員会の二つです。後日、この二つは、産業委員会と入会委員会に変更されました。アディショナル正会員は、職業分類を共有したいと願う共同経営者を入れるために加えられました。
 会員が他の職種に移ったとき、職業分類に空席がなければ、会員身分を失います。職業分類は、その人の職種ではなく、事業を代表するものでした。例えば、銀行家(banker)でなく、銀行業(banking)です。この職業分類の原則は、最初のクラブのシカゴ ロータリー クラブや他の初期のロータリークラブが守ってきました。

1922年に、国際ロータリーは、標準ロータリークラブ定款を制定しました。職業分類の原則は次のように書かれています。「本クラブの正会員は、それぞれの事業または専門職務によって職業分類される。各正会員の職業分類は、本クラブの区域限界内で、その会員が自ら現実に従事している、会員の主要な、一般に認められた業務とする」。

1922年における1人1業制の例外は、アディショナル正会員と新聞の職業分類です。1914年の理事会議事録によると、ロータリー財団の父であるアーチ クランフが2人以上の人が「新聞発行」之いう職業分類を持てるようにしようという立法化を推進しています。また、1922年の定款は、選挙で選ばれる公職者を会員にすることを禁止する規定も含んでいます。
 1923年2月の理事会は、職業分類の大分類、小分類を発足させました。これは、1966年1月に、理事会によって廃止されました(訳者註:完全廃止でなく、職業分類の簡素化として、大分類と小分類を不要にしたということです。)1989年定款は、企業内の専門職務も職業分類にしました。その結果、企業に雇用されている弁護士にも、「法律」という職業分類を貸与できるようになりました。


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