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2007年9月17日 楽生療養院における工事強行に対する声明
| 楽生療養院における工事強行に対する声明 私たちは、日本が敗戦前に植民地において行った誤ったハンセン病隔離政策により今も根深い差別偏見に苦しんでいるハンセン病回復者の皆さんの真の被害回復のために活動している弁護団です。植民地時代に日本政府によって台湾楽生院に収容された皆さんの日本に対する補償請求訴訟の代理人としての活動を通じて、現在の楽生療養院における地下鉄敷設問題、入所者の皆さんがその意思にかかわらず新施設への転居を迫られている事実を知り、これまでも何度か台湾の行政府や台北県、台北市、新荘市に対して、入所者の皆さんの意思を尊重していただきたいと意見表明して来ました。 入所者の皆さんは、日本時代、そして日本の支配が終了した後も台湾政府によって継続された誤った隔離政策のために、ふるさとや家族とのつながりを絶たれ、未だに社会に深く根を下ろしているハンセン病に対する差別・偏見に苦しめられ、収容された療養所にとどまることを余儀なくされています。今も旧建物にとどまり、新施設への転居を拒んでいる皆さんは、自分が自分らしく生活を営むためには長年親しみ終の棲家と心に決めていた今の建物に暮らし続けることが大切なのだと訴えておられます。 私たちは、2007年9月12日未明より、数百名の機動隊と警官隊が楽生療養院の旧建物地帯に導入され、工事を阻止しようとする入所者の皆さんや支援者である学生の強制的な排除に着手したことを聞き知りました。今回の工事開始については、事前に入所者に対する説明はなく、いきなりプレスリリースの報道によって知らされたと聞いています。基本的人権としての居住や移転の自由は誰においても尊重されるべきであり、正当な根拠や手続きを経ずして、その意思に反して侵害することは許されません。とりわけ、社会的弱者であり国家政策の被害者でもある入所者の皆さんの基本的人権は、何をおいてもまず尊重されるべきです。 今回、工事開始の影響を直接に被る入所者の皆さんに、事前に十分な説明や話し合いの機会なく、突然に工事が強行されようとしていること、それが警察や機動隊という国家的有形力の手を借りてなされようとしていることを、私たちは心より遺憾に思います。 台湾政府、台北県、台北市、新荘市など、関係局におかれましては、入所者の皆さんが誤った国家政策の被害者であり、行政は本来その被害を回復させるべき義務を負うものであるとの見識に立って、入所者の皆さんの基本的人権に根ざした配慮をされることを願います。 小鹿島更生園・台湾楽生院補償法請求弁護団 【連絡先】事務局長 国宗直子 熊本県熊本市江越17-12菜の花法律事務所 TEL +96-322-7731 |
| 台湾楽生院の入所者自治組織「楽生保留自救会」から弁護団に 対し、現在楽生院が直面している強制退去問題について、支援を 求める訴えをいただきましたので、ご紹介します。 楽生院が立ち退きを迫られるに至った経緯、現在の入所者の思い が切実につづられています。 弁護団として何ができるか、今からの取り組みとなりますが、 ハンセン病に対する差別偏見をなくすために、この楽生院強制退去 問題について、弁護団のみならず、多くの方々が関心を寄せ、連帯 の声を伝え、これが深刻な人権侵害であることを指摘する必要が あると思います。 |
| ハンセン病訴訟弁護団弁護士の皆様 私どもは台湾のハンセン病療養施設楽生院の入所者自治組織「楽生保留自救会」と申します。まずはこの組織の成り立ちについてご紹介したいと思います。 昨年度、衛生署楽生療養院当局は、「院民自治会」なる組織を立ち上げたことがありましたが、その役員16名はすべて院当局によって指名され、院当局の管理下に運営される、全くの御用組織であり、入所者の民意を代表するには程遠いものでした。目下、楽生院は地下鉄建設工事のために取り壊しの危機に立たされ、入所者は動揺しつつも、長年暮らし続けてきた我が家を捨てるに忍ばず、中には身を挺してブルドーザーを止めようという覚悟を明らかにする者さえおります。この危急存亡のときにあって、老身に鞭打ってでも、政府の政策に対して抵抗することを決意しました。そこで、2005年3月19日に「楽生保留自救会」を青年楽生聯盟による手助けの下で成立させ、入所者の代表者を自分たちの手によって選びました。この自治組織は「台湾の重要な医療史跡である楽生療養院の現地における保存と入所者の権益の増進をめざす」ことを主要な目的に掲げ、既に立ち退き拒否の署名をした217名の入所者を一般会員、署名していない95名の入所者を予備会員として、会員大会における選挙によって、正式委員7名および候補委員2名を選出しました。日本の弁護士の先生方に、この入所者による運動への支援をお願いする次第であります。 75年前、暖かい日差しのさす新荘の山の上に、日本人によって建てられた楽生院は、幾多の時を経て、その草木の一本、レンガ一つ、瓦の一枚にいたるまで入所者自身の手によって手直しされつつ、今日に至っています。例えば木陰でお茶を淹れてのお喋りをするとき、それは単に入所者の日常生活の一部であるばかりでなく、一般社会の人びとには図り知ることのできない苦難の日々の想い出を胸に、楽生院を終の棲家として人生を静かに全うしたいという願いを抱いてきました。けれども、不幸なことに地下鉄建設工事によって、私たちのこのささやかな願いでさえも打ち壊されそうとしています。台湾政府は、今年6月までに、現在の楽生院をすべて取り壊して地下鉄の整備工場とし、入所者を建設中の「廻龍病院」の一番奥の建物の最上階、4階から8階の「病院のベッド」に押し込めようと計画しています。つまるところ、これは入所者を「再度隔離」することであり、「入院生活」を強制されるばかりでなく、「牢屋に入れられる」にも等しいものです。当局は甘言を呈して、新しい病院棟の設備の充実を繰り返し強調していますが、如何に先進の設備を備えていようと、多くの想い出の詰まったこの土地で長年暮らしてきた私たちは、病院の冷たいビルに押し込められて生きてゆくことはできません。かつて、地下鉄工事の計画が持ち上がった十年前にも立ち退きに対して反対の声を上げましたが、入所者の声は全く聞き入れられませんでした。 しかしながら、この一年の間に、社会の各方面からの暖かい声援をたまわりました。ある人びとは文化財保護の立場から楽生院の現地保存を呼びかけ、またある人びとは医療現場における人権という立場から住みなれた高齢者が環境に暮らし続ける必要性を訴えました。こうした努力によって、行政院に対して代替建設案を提示するところまでこぎつけましたが、1月31日にその検討を放棄し、政策に対する責任をうやむやにしたまま、工事の継続を指示する決定を密かに通達するという愚挙に出ました。私たちは憤りを抑えきれず、3月7日には電動車椅子に乗って行政院に抗議に赴き、その後、各党の国会議員に対するロビー活動を経て、超党派議員からの支持をとりつけることができました。 ここに、楽生保留自救会は楽生院の全入所者を代表し、「ハンセン病者が天寿を全うできるよう楽生院を残して欲しい」という入所者の希望を台湾政府に対し伝えてくださるようお願い申し上げます。年老いた今となっては、巨額の賠償金や豪華な施設よりも、多くの想い出の詰まったこのぼろ家が何よりもかけがえのないものなのです。立ち退きの恐怖を免れて、この住みなれた場所で静かに余生を送るというのが、私たち入所者の目下唯一の願いです。また同時に、この楽生院を文化財として残すことで、ハンセン病患者が嘗めさせられた辛酸を後世に伝えてゆくことを望んでやみません。 2005年4月1日 樂生保留自救會 |
| 楽生院入所者自治組織「楽生保留自救会」の紹介 昨2004年、衛生署楽生療養院当局によって「院民自治会」なる組織が立ち上げられたことがありましたが、その役員16名はすべて院当局によって指名され、院当局の管理下に運営される、全くの御用組織であり、入所者の民意を代表するには程遠いものでした。目下、楽生院は地下鉄建設工事のために取り壊しの危機に立たされ、入所者は動揺しつつも、長年暮らし続けてきた我が家を捨てるに忍ばず、中には身を挺してブルドーザーを止めようという覚悟を明らかにする者さえおります。この危急存亡のときにあって、老身に鞭打ってでも、政府の政策に対して抵抗することを決意しました。そこで、2005年3月19日に「楽生保留自救会」を結成し、入所者の代表者を自分たちの手によって選びました。この自治組織は「台湾の重要な医療史跡である楽生療養院の現地における保存と入所者の権益の増進をめざす」ことを主要な目的に掲げ、既に立ち退き拒否の署名をした217名の入所者を一般会員、署名していない95名の入所者を予備会員として、会員大会における選挙によって、正式委員7名および候補委員2名を選出しました。 |
| 青年楽生聯盟の紹介 2004年2月、ここ楽生院に足を踏み入れた多岐にわたる分野の学生たちは、台湾の公衆衛生史上重要な歴史遺産である楽生療養院が、地下鉄整備工場の建設工事のために取り壊されようとしており、平均年齢73歳の300名もの入所者が立ち退きの危機に瀕しているということを知りました。そこで、政府の誤った政策によって人権が侵害され、文化財が破壊されるのを阻止するため、「青年楽生聯盟」を結成し、「楽生院を現在の場所に残し入所者が住み続けられること」を最終目標に掲げて、楽生入所者および各方面の市民団体とともに、努力奮闘して参りました。しかし、この地下鉄建設工事が重大事業であるため、一年余りにわたるたたかいを経て、その交渉・抗議の対象も地方自治体から国へと変わりました。目下、楽生院の現状保持と地下鉄建設が両立可能な「代替建設案」を政府が受け入れ、入所者が強制立ち退きの憂き目に遭うことのないよう、国に対して呼びかけています。 |
台湾行政院衛生署楽生療養院の 私たちは、日本の法律家有志です。 このたび、台湾行政院衛生署楽生療養院の施設移転に伴い、現在同療養院にお いて生活している300名の院生が、否応なく現住居を奪われ、新しい居住棟へ の転居を迫られていることを知りました。 私たちの数名は、これまで何度か楽生療養院に赴き、現にそこで生活されてい る院生の方々のお話を直接うかがっています。 少なくとも、私たちが話を聞いた方々のすべてが、間もないとされている現居 住空間からの退去と、選択肢のない大部屋への転居は不本意であると述べられ、 現住居にとどまりたいと望んでおられます。 台湾では、これら院生を応援し、楽生療養院居住空間の移転に反対する運動も 展開されていると聞いています。 現にそこに住んでおられる院生の意思に反して居住施設を取り壊し、結果とし て新居住棟への転居を余儀なくさせることは、市民的及び政治的権利に関する 国際規約12条「合法的にいずれかの国の領域内にいるすべての者は、当該領域 内において、移動の自由及び居住の自由についての権利を有する」 に反するも のです。 現在も楽生療養院で生活されているハンセン病回復者は、いずれも、日本植民 地時代に、誤った隔離政策によって形成され定着した、ハンセン病に対する差別 ・偏見のために、社会内での生活を諦めざるを得ず、今日まで療養院ないしその 周辺での生活を余儀なくされてきた方々です。 何十年と楽生療養院で過ごし、今や帰る故郷もない高齢である院生の方々にとっ て、現在の居住空間をその意思に反して奪われ、一律に新居住棟に移転させられ ることは、極めて重大な人権侵害であると指摘せざるをえません。 私たちは、そのことを指摘し、現在の移転計画を極めて遺憾に思っていますこ とをお伝えしますと共に、今後の院の運営にあたっては、院生の方々の人権に最 大限配慮されることを強く希望します。 2004年12月11日 宛先:
国宗直子 |