これは凡人の届かぬ技を身に付けた三つの志の交錯の物語である。
木管楽器ファゴット、ピアノ、そしてラケット。それぞれの巧者は東京・南阿佐ヶ谷の小さな中国料理店で交わった。
近くに卓球練習場があって、福原愛は、両親やコーチと「東方園」へやって来た。
店頭コピーに自信の程は控えめに表現されている。「飛行機に乗らないで本場北京の味を楽しめる」。
北京の味、深く、複雑で、もしかしたら少しだけ苦い・・・。「文革」。若い読者には解説を要するかもしれない。文化大革命の略。おおむね1960年代後半から70年代前半までの中国を吹き荒れた政治・社会・思想・文化における激しい改革運動である。もっぱら都会の知識層は地方の農村部や工場へ送られた。「下放」と呼ばれた。
東方園の主人、関存治は、北京の中央音楽学院でファゴットにいそしみ、妻の吉崎純子も同学院にピアノを習得した。夫の父は北海道帝国大学(北大)へ留学した。妻の父は台湾に生まれ現在の東京芸大で学び、母は日本人だった。文革の時代は、文化人ほど標的とされた。ともに下放、夫は軍の農場の食堂で鍋をふった。妻は養豚場へ。
やがて、ふたりは出会い、農場行きより8年後、音楽を再開できた。夫は中央放送交響楽団の奏者の立場を得た。一流も一流である。しかし、82年、妻の母の望郷を満たそうと日本移住を決めた。85年末に開店。やむなく覚えた調理技術はいかされた。以後、たまに音楽サロンを開きつつ、ラードを用いぬ上品な料理の数々で支持者を増やした。
いま「愛ちゃんコース」もメニューにある卓球娘もその一人だ。ファゴット奏者は言う。「練習の後は優しい味が」。ピアニストは「私達を励ましてくれる気持ちもあったと思う」。
苦難を耐えた芸術家がやってきて20余年、これから苦難を越える少女は大陸へ向かった。
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